春風




冬の名残がようやく消えて、春の気配が漂い始めた。
草葉の緑色が徐々に増え、新しい命が芽吹いている。春が来たのだ。
「春やねぇ」
ぼたんが笑顔でそう呟いたとたん、ぴゅーっといきなり強い風が吹いた。
春一番である。突然の風にごみが目に入り、痛くて目が開けてられない。涙がぽろぽろと流れた。
目が開けていられないものだから、空中でよろよろとしだす。
彼女は櫂にのって空を飛んでいるところだった。
その光景を見つけてしまったのが蔵馬である。
高校を卒業してすぐに働き始めるつもりだったが、とりあえず4月から、ということになって、今ものすごくヒマな身分である。
ヒマな彼はすることもないので図書館に出かけようとした、その矢先、ぼたんが空中でなんだかよろよろと 危なっかしい動きをしているのに気がついた。
はらはらしてぼたんの真下まで走ろうとする。彼女はけっこう空の高い位置にいるので上を眺めて走っていても、 どこが真下なのかわかりづらい。
しかも、ぼたんはいつまでもふらふらとゆれていていっこうに安定しない。
危なすぎる。
蔵馬は下唇を噛んで、眉をひそめた。
そのときだった。また、春の強い風が横から吹いてきた。
乾いたこの季節、風には砂ぼこりが含まれていて、目にごみが入る。地上にいたらなおさらだ。
思わず目をつぶってしまった蔵馬。はっと我に返って、ぼたんがいるはずの空を見ても、彼女の姿はない。
「嘘でしょ!?まさか、落ちたんですか?」
ぼたんはいつもかなり高いところをとんでいる。それこそ10階建てマンションなんか比較にもならないほど高い場所だ。
その高さから落ちたのか!?
あせって蔵馬も空を飛ぶことにした。浮遊植物の出番である。
白昼堂々、背中に羽根を生やして飛ぶのは控えていたが(蔵馬は姿が消せないので一般人に見られたらおおごとだ)今はそんなこと気にしている場合ではない。
大慌てで彼女がいたはずのところまで飛んでみたが、ぼたんの姿はない。
「あれ?ぼたん?」
焦っているのに、彼女の姿が見つからなくてよけいに不安が募る。
「あっ、蔵馬だ!久しぶり!」
突然の彼女の明るい声に蔵馬は驚いた。心配していただけに心臓が止まりそうになるくらい驚いた。
「どうしたんだい?なんだか目が丸くなってるよ」
事実、南野秀一くんは目をまん丸にして、鳩が豆鉄砲を食らった顔を見事に再現していた。
「蔵馬?」
三度目の彼女の呼びかけに、蔵馬はようやく深く頷いた。大きく深呼吸して自分を落ち着ける。
「ぼたん。無事だったんですか。よかった」
気の抜けた、ほっとした蔵馬の声に、ぼたんは首を傾げる。
「どういうことだい?」
「だって、さっきふらふらしてて危なっかしかったから、てっきり落ちてしまったかと」
「ああ、ごみが目に入ってね。痛かったんだ」
けらけらと笑うぼたん。確かにまだ目が赤い。うさぎちゃんだ。
「下から見ていてすっごい冷や冷やしていたんですよ。それなのに突風が吹いて、あわててぼたんを見たら姿が消えてたから」
そこで、またぼたんは首を傾げる。彼女が首を傾げるたびに、耳元のくるくるした髪の毛が可憐に揺れる。
「春一番ですよ。吹いたでしょ?」
蔵馬が再度聞きなおしてみても、ぼたんは反応が鈍い。
「あっ、わかった。蔵馬っ。地上と空とじゃ吹く風が違うんだよ。この高さ(ぼたんがいる上空) だったら、いっつも風が吹いているよ。特に強い風はこっちに吹かなかったよ。 いやね、あんまり目が痛かったからさ、飛ぶスピードを落としてさ、ちょっと上に行ってたんだよ」
彼女の言葉に、蔵馬ははっとした。

あ、そうか。
雲がいつも流れているのと同じ。空にはいつも風が吹いている。
ぼたんのことだから、風に流されるのは慣れっこなのだろう。
心配しすぎたかな。
地上に落ちたと思ってあわてて探したのに、彼女は雲の上にいるなんて。どこまでもオレの心配とは違うところ。
まさにどこ吹く風。

なんとなく笑いがこみ上げてきた。
「あ、何笑ってるんだい?」
「いいえ、貴女を心配しすぎて、一人あたふたしていた男がおかしくて」
ぼたんは口をへの字にして、思いっきり変な顔をした。蔵馬の言うことがわからないのだろう。
「誰のことだい?」
そう聞かれても、蔵馬は笑ってごまかした。

君を心配しすぎて空振りしているオレを知って欲しくない。
だって、かっこわるいじゃないですか。

「あ、蔵馬」
「なんですか?」
「ありがとう」
「え!?」

なんでお礼をいわれるかわからない蔵馬に、ぼたんはにかっと微笑んだ。
「だってあたしが心配でこんなとこまで駆けつけてくれたんだろ?ありがとう」
眩しい笑顔でそう言われて、蔵馬は急に恥ずかしくなった。
かぁーっと、耳たぶまで熱くなった。
ぼたんの顔がまともに見れなくて、彼女に背を向ける。
「どうしたんだい?蔵馬?」
今ぼたんに顔を見られたくない蔵馬の気持ち。そんなのぼたんにはわからない。
「蔵馬ぁ?」
「わっ」
ぼたんが蔵馬の下からひょいっと現れた。いないいないばぁ。
「ぼたん・・・・・・」
「なんだい?」
「あなたってまるで春風ですね」

人の気も知らない無邪気な春風。
春を告げるのに、人の心をかき乱していく。
まったく、貴女には乱されっぱなしです。

彼女の周りには明るい自由が満ち溢れている。時にはそれがとてもうらやましく、ときにはそれが眩しすぎる。
でもね。やっぱりオレは貴女が好きなんだな。

蔵馬がそう思ったとき、気まぐれな春風が吹いてきて、二人の間をすりぬけた。






きらる様からいただきましたvv
こちらの小説は、きらる様のサイトの半周年記念としてフリーになっていたSSです☆
サイト半周年、おめでとうございます!!

恥ずかしくなって耳たぶまで熱くなっちゃっている蔵馬がめっちゃ可愛いです〜!
結局ぼたんには勝てない、というか、ぼたんのことになると、いつものポーカーフェースが
崩れてしまう蔵馬って好きなんです♪ぼたんに乱されちゃってる蔵馬、ツボです!(笑)
それから、ぼたんが"春風みたい"っていう表現にピッタリで、私、ものすごく納得してしまいました。
本当にぼたんちゃんて春風みたいな子だなぁvv  そんな春風さんに蔵馬は翻弄されているんですよね(笑)


きらる様、とっても素敵な小説を、本当にありがとうございましたm(_ _)m


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